30分の早歩き運動で・・・・2021.7.4
30分の早歩き運動で・・・・・・。 2021.7.4
帰宅後の30分の早歩き運動をもう、かれこれ30年は続けている。
自宅、鶴見のゴム道路に面した浜町から仲通りに入り入船小学校の前を通り、本町通り商店街、そして、潮見橋の手前から右折して、潮田商店街を抜けるコースだ。
なにせ、生まれてからずーと住んでいる町なので途中で色々な人に出会う。
歩いている横で車が止まり、石榑、送ってやるよ・・・と声をかけられても困るのだ。
出発して、まず、入船小学校の横の米屋さん。ここの若旦那は地域に貢献する活動を活発にやっている。
イラストを描くことが上手で、時々見せて貰っている。
その近くの沖縄物産店に面した手前は同級生の家だ。ご主人が他界なさっているが、彼女は元、潮田図書館の館長を長く勤めていて人脈が広く、時々出会って話し込む。
そして、そこの直ぐ先の、酒屋の前で箱に腰掛けて酒を飲む数人の中に、やはり同級生が一人いて、通りの反対を歩く私を見つけると、おーい、と手を挙げて挨拶をしてくれる。
高校時代、彼ともう一人の同級生と一緒によく三本立ての映画を見に行った。
持ち込んだ瓶入りのジュースの金属製の蓋を歯で開ける役目は彼だった。
その先に進むと、元本屋の前になる。
この本屋も同級生だったが、数年前に閉店していて、現在は建売住宅になっている。
今、彼は忘れた頃に、西神奈川店にやって来る。
潮風通りを渡り、本町通り商店街の入り口のタバコ屋のご主人との立ち話も長くなる事があり、残りの早歩き運動を中断して引き返す事も多い。
この本町通り商店街の中ほどに本町観音堂があり、子供の頃に年末、この場所にひな壇を作り父親がお宮を売っていた事もあり、私には縁がある観音様なので、必ず手を合わせている。
次の出会いスポットは八百屋だ、丁度、店じまいの支度をしているタイミングで、挨拶を交わす。
そして、本町通り商店街を過ぎて、折り返し地点の潮田商店街の入り口に面した潮風通りの信号だ。
ここで、必ず同級生で親友の佐倉君に電話する。
彼は職場が鶴見で私の自宅に近いが、数年前から保土ヶ谷の市営住宅で一人暮らしをしている。
彼とはよく出かけた。京都、長野、千葉など。 そう言えば大阪万博も一緒に行った。
元気ですか?
まあ、何とか。
彼の夕飯のタイミングだが、彼は私の電話を待っていてくれて、食事をしながらの話になる。
とは言っても、私が話す一方的な会話だ。
彼は自分から話題を提供する人ではない寡黙な人だ。
彼との話題に詰まると、今晩のおかずは?
なんて事を質問する。
ゴム道路の大東町の信号は切り替えが早く、直ぐに赤になる。
そこに差し掛かると、この信号の話になり・・・今日も赤だ。
と私が教えて笑いあう。
そんな、癒しを私に与えてくれていた、佐倉君にアクシデントが襲った。
彼は昨年の4月に大好きな長野県信濃大町温泉に単身車で行き、温泉で入浴中に心臓麻痺で突然に鬼籍に入ってしまった。
早歩き運動の帰路、潮風道路の信号で、今でも空の星に向かって
元気ですか?
と声をかけ。まあ、何とか。
と答えてくれている。
話を早歩き運動に戻して・・・・
歩みは潮田神社前になる。
神社に向かって一礼していると、数年前までは銭湯から出てきた大工の同級生に会う。
彼は腰を痛めていて気の毒だ。
この銭湯が無くなり大工とも会わなくなり、気にしている。
この書き込みを振り返ると、どうも寂しくなるが、少なくとも私はまだ多くの地元の友人との
交流を楽しんでいる。
まあ、愛すべき友人達との話が弾むと、早歩き運動は・・30分では済まない。