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  • 玉倉神仏具店の歴史

    2017.5.21

    初代 石榑竹治郎は誕生地の岐阜県から、横浜に単身にて移転し、1905年(明治38年)に長者町8の22番地にて開業。

    (旧)日活館の裏の問屋街にて、<木具竹> 一部では <宮竹> とも呼ばれた屋号にてお宮、神具、などの製造卸、販売をする。

    当時、伊勢崎町の野澤屋、松坂屋などにもお宮や神具の卸販売をしていた。 約70坪ほどの木造二階建の建物で、15人程の宮師を雇い営業をする。

    1923年(大正12年)関東大震災により店を焼失、再建。戦時中は米軍による空襲にて、二度に渡り店舗を焼失し、再建を試みるが、この地に米軍飛行場が出来ることになり、立ち退きに応じ、老齢と持病を理由に撤退。


    写真は 故 二代目 宗一

    この時点で、兵役が終わった二代目に当たる石榑宗一は、日本化工、浅野造船(浅野ドック)と勤務先を変えながら、宮・神具製造も続け、後に同社を退職して、現在の当店工場地 (鶴見区浜町1-8番地の3) で石榑神仏具店として営業をはじめる。仏壇、仏具販売を加え自家製の宮、神具の卸と販売専門とした。

    尚、初代の竹治郎は昭和31年9月8日、69歳で他界。
    宗一は昭和40年、木工機械を増設し、この時、宗一の長男の幸太郎が事業に参加し、宮師としての技術を伝承。 

    翌年に宗一の次男の晴行も参加。 昭和44年、玉倉神仏具店に屋号変更し、神仏具専門店として、現在の横浜市神奈川区西神奈川2丁目5番地の12に支店を開設。

    平成2年12月11日に宗一が他界し、3代目として幸太郎が事業を引き継ぎ、西神奈川支店に勤務して、晴行は宮師として鶴見本店工場にて勤務し現在に至る。

    尚、現在、西神奈川店は、建物の改築に拠り、同住所の・・MFC 1階に住所改める。

     

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